寸評 2002年

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◎=絶賛 ○=よい
2002
タイトル 著者 出版社 価格 読了日 感想
林京子 文藝春秋 借1,300 2002/12/23 ○ 作者の被爆者としての心境を描く短編集。 変わりゆく長崎の街に爆心地で死んだ教師たちの最期を辿る「道」。 被爆の過去を抱える女たちの表面と内面「同期会」「思惑」「星月夜」。 進駐してくる米軍への恐怖と戦後の貧しき時代の回想「昭和二十年の夏」「端布」。 反核運動について被爆者の見る複雑な意識「晴れた日に」。 息子の結婚式を前に別れた夫との生活を顧みる「残照」。
三界の家 林京子 新潮社 借1,100 2002/12/21 ○ 著者の家族についての短編集。 高速道路の下に埋もれた我が家、敗戦直前の上海からの引き揚げの記憶、 癌で衰弱した父の最期と親族の墓などに思いを巡らす 「谷間の家」「父のいる谷」「家」「煙」「三界の家」。 初めて訪れたもう一つの被爆地・広島で、同窓会の席で、あるいは旅先で、 三十数年前の被爆時から続く不安を振り返る「無事」「釈明」「雨名月」。 死に至る年月で自己の存在を徐々に消していきたい、 と言う著者の気持ちがよく分かる。
神様がくれた指 佐藤多佳子 新潮社 借1,700 2002/12/15 ◎ 刑期を終え出所して早々、 凄腕のスリ少年グループから痛めつけられた職人的スリ師の男は、 救ってくれた妖しいタロット占い師の借家に居候しつつ、 恋人の心配を他所に、少年たちの行方を追ってゆく。 占い、スリ、博打など「裏」の世界の描写にはリアリティがあり、 特に後半で少年グループと接触を始めてからの緊迫感は凄まじい。 前作に匹敵する面白さ。
八十八歳の秋 若月俊一の語る老いと青春 南木佳士 岩波書店 1,800 2002/12/11 ○ 農村医学の父と称される若月に対して、 若月を師と仰ぐ南木さんが入念な準備と意気込みで臨んだインタビュー。 同時代によく似た経歴を辿った太宰治の生涯と比較しつつ、 「理想と現実との折り合い」という観点から、 若月のどこまでも「たたかう」姿勢と、 直前に得た大病を経ての心境の変化を明らかにする。
解夏(げげ) さだまさし 幻冬舎 1,500 2002/12/08 ○ 自伝的だった前作と違い、 今回は完全なフィクション。 難病による失明を前に郷里長崎の街の風景を心に刻んでゆく「解夏」。 フィリピンから日本の農家に嫁いだ女と夫・舅・姑「秋桜」。 ダムの底に沈んだ村で共に過ごした女との離別と再会「水底の村」。 痴呆を患った老父と崩壊した家族を伴って旅に出る「サクラサク」。 やや説明過剰の感もあるが(日頃歌詞で言葉を凝縮している反動か)、 どの物語も感動的ではある。
五年の梅 乙川優三郎 新潮社 借1,500 2002/12/02 ◎ 江戸の街が舞台の男女の愛憎、全5篇。いずれも上質の時代劇のよう。 女中と駆け落ちの挙句心中した男女が、あの世からやり直しを願う「後瀬の花」。 心通わぬ寝たきりの夫を見切って、幼馴染の男へと歩いて行きたい女の「行き道」。 浪費癖の夫と、失踪していた息子との再会を機に 夫から逃げ出した妻の顛末「小田原鰹」。 前夫の執拗な嫌がらせと対峙する一見粗野な新夫の「蟹」。 友人の苦境を救うため、許婚をも捨てて蟄居の身となった男の挽回談「五年の梅」。
木曜組曲 恩田陸 徳間書店 借1,600 2002/11/30 ○ 大物女流作家の変死から4回目の命日に、 当時現場に居合わせた故人と縁故の物書き女性5人が、 死の謎について探ってゆく。 人物それぞれの性格も、容疑の目くるめく展開も、並ぶ料理の凝り具合も、 映画版はこの原作にかなり忠実。 しかし映画の最後の最後の大どんでん返しは、原作にはないものだった。
大河の一滴 五木寛之 幻冬舎 借1,429 2002/11/24 著者の人生訓についての説教。 仏教の威を借り、諸々の文献を援用し、外国語をちりばめ、 せっせと箔付けを図ってはあるが、その中身は陳腐そのもの。 こんな安っぽい内容の本が何故もてはやされたのやら、全く不可解。
ファーストレディ (上)(下) 遠藤周作 新潮社 借1,100 +1,100 2002/11/23 ◎ 弁護士の夫と医師の妻、代議士の夫とその妻。 空襲下の東京で縁を持った男女2組が、 それぞれの道を歩んだ昭和という時代。 実在の事件や実名の政治家たちが登場するため迫力満点で、 与党の金権政治の実態は(今も昔も)目に余るばかり。 理想と現実の間で揺れる4人の生き方を通じて、 幸福のありかたについて、逆説的に実感させられる。
別ればなし 藤堂志津子 講談社 借1,600 2002/11/21 同棲中の恋人に別れを切り出すOL。 しかし相手の男はそれに取り合おうとせず、むしろ結婚を口にする始末。 しかも不倫中の新しい男の妻が予想に反して逆上し、話はドロ沼化してしまう。 自身の身勝手から結局すべてを失ってしまうことになるが、 「ぬばたま」と違って悲劇という感じはしない。
プラナリア 山本文緒 文藝春秋 借1,333 2002/11/19 乳癌を切除した女(25)と年下の恋人との脆い関係「プラナリア」。 離婚して暇を持て余す女(36)の投げやりな生活「ネイキッド」。 深夜スーパーで働く主婦(43)と崩壊寸前の家族「どこかではないここ」。 大学院生の彼から結婚を言い出され辟易する奔放な会社員(25) 「囚われ人のジレンマ」。 離婚後居酒屋を営む男(36)が、居付いた手相を見る女に振り回される 「あいあるあした」。 登場女性はどれも相当にアクが強く、小説としてはよいものの、 もし身近にいたら嫌な感じ。
あべこべ人間 遠藤周作 集英社 借800 2002/11/17 極秘で開発中の性転換できる秘薬。それを試された予備校生は、 見事に女性となったものの、しかし後で男性へと戻せる筈の薬が効かず、 腹いせにその秘薬を持ち出して、あちこちで騒動を巻き起こす。 結構バカバカしそうな設定の喜劇だが、性同一性障害に悩む青年と、 それを承知で想いを寄せる娘の一途さには、ちょっとジーンと来る。
道化師の楽屋 なかにし礼 河出書房新社 借1,500 2002/11/14 生い立ちや仕事への姿勢、 歌手や作家たちとの交友録、国内外の旅した土地、日々の雑感など、 様々な機会に書かれた文章を集めたエッセイ集。 ただ、ごく最近のものから数十年前に書かれたものまで入り混じっているので、 読んでいて少々面食らう所あり。 氏がクラシック通で、モーツァルト狂というのは、少々意外。
ぬばたま 藤堂志津子 日本経済新聞社 借1,300 2002/11/12 妻子持ちの男との付かず離れずの関係に満ち足りていた30代女性が、 昔捨てられた男にふと再会し、情熱を再燃させてしまう。 両方の男をうまく手玉に取っていたつもりが、 思いがけず結局すべてを失ってしまう悲劇的結末は、 主人公の身勝手さにも一因があるだけに、一層気の毒。
開かれた新聞 毎日新聞社編 明石書店 借2,200 2002/11/10 毎日新聞社の「新聞と読者の間に立つ社外の識者が『第三者の目』で 新聞に対してものを言い、その内容を公開することで、新聞の透明性を高める」 という先駆的試みを報告。 ここ数年間のニュース事例を具体性に取り上げ、 読者の声や、それらに関する識者の多様な見解をそのまま掲載。 読者それぞれに、自ら考えることを促している。
その夜のコニャック 遠藤周作 文藝春秋 借900 2002/11/09 ○ 輪廻転生や幽体離脱など、ちょっと不気味な世界に関する短編、全12篇。 非常に短い物語ばかりで、どれも引き込まれて一気に読めてしまうもの。 遠藤周作作品は結構読んできたつもりでいたが、 この種の(非純文学系?)作品にかなり抜けがあったことに、最近気付かされた次第。 しかも何故か、通い付けの図書館にはその種の作品ばかり揃えてある。
上海 林京子 中央公論社 借1,000 2002/11/08 ○ 戦前から戦中に子供時代を過ごした上海。 国交正常化を経て、36年ぶりにようやく上海を再訪した著者が、 変貌しつつある街路の間に間に、往時の面影を探してゆく。 内容的には、『ミシェルの口紅』の続編あるいは後日談。 旅行の行程を、同行したツアー客のことも交えてありのままに書いてあって、 革新と旧態とが微妙に入り混じった中国の時代の空気が伝わる。
群青の夜の羽毛布 山本文緒 幻冬舎 571 2002/11/07 ◎ 急坂を上り詰めた一軒家、その中で煮詰まってゆく親子の愛憎。 すべてに支配的な母親の元で、ジリジリと追い詰められた娘の心の限界。 凄絶な親子関係の展開には、読んでいて非常な緊張感がある。 映画と比べると、 物語は大筋で忠実だが、原作では娘よりもむしろ父親が主役と言え、 その違いの分だけ「復讐」の色合いが映画では薄められていた。
真昼の悪魔 遠藤周作 新潮社 借950 2002/10/31 無邪気な外面とは裏腹に、罪悪感も痛みもなく冷酷に悪を行なう、若き女医。 大学病院内で続発する不可解な事件を不審に思った、結核で入院中の青年も、 いつしかその悪の生贄になってゆく。 現代人の内に秘められた、底知れぬ悪への引力を露にする、怖い小説。 そう言えば「妖女のごとく」でも悪役は女医だった。
闇のよぶ声 遠藤周作 講談社 借580 2002/10/30 従兄たちが次々と真夜中に失踪し、次は自分かと怯える青年。 その婚約者から調査を依頼された中年の精神科医が、 分析的に事件の深層を探ってゆく。 精神分裂や転生に関わる展開になるかと思いきや、 核心は意外にも戦争の傷跡へと移ってゆく。 遠藤さんには珍しいサスペンス風推理小説。
無言館 戦没画学生「祈りの絵」 窪島誠一郎 講談社 借1,456 2002/10/26 戦没した画学生たちの遺した絵画など約60点を、 それらにまつわる遺族の談話などを添えて紹介。 改めて思うのは、無数の戦死者、それぞれ一人一人に、 それぞれの貴重な人生があったこと。 しかもその殆どが、今の私よりも若い人々なのだ。 これらが展示されている、戦没画学生慰霊美術館「無言館」(上田市)を、 いつか訪れたいと思う。
星の王子さまへの旅 狩野喜彦 東京書籍 借1,700 2002/10/19 ◎ サン=テグジュペリの軌跡を辿るTV番組制作のため、 フランス、スペイン、北アフリカへと、ヘリコプターで取材した旅の記録。 紀行の過程をそのまま書いているのが臨場感につながり、 ラストのカップ・ジュビーでの古老との邂逅など感動的ですらある。 現地のカラー写真も多数収録し、しかも空から見下ろした風景が多く、 空の人・サン=テグジュペリの視線を感じさせてくれる。
ミシェルの口紅 林京子 中央公論社 借340 2002/10/18 ○ 昭和10年代、家族と共に少女時代を上海で過ごした著者の回想を綴った、 12の連作短編。 子供の視点から見た、河沿いの路地の様子や、 当時の市井の人々の雰囲気がありのままに書かれている。 いくつもの国の人々が行き交い、どことなく地に足がついていない感じの生活。 抗日運動が高まる中で不穏な空気は次第に濃くなってゆく。
妖女のごとく 遠藤周作 講談社 借1,200 2002/10/15 友人が結婚を望む美貌の女医は、誰からも評判がよい反面、 不可解ながら何か恐ろしい二面性があるらしい。 いつしか彼女の妖しい魅力に取りつかれた主人公自身も、 やがて彼女の魔力に巻き込まれてゆく。 「悪霊の午後」や 「わが恋う人は」 と同様、精神分裂(統合失調?)や転生、幽体離脱などへの遠藤さんの傾倒を示す深層心理系サスペンス。
隅田川小景 増田みず子 日本文芸社 借1,700 2002/10/14 黒く澱んだ川の記憶に沿うように描かれる、短編4篇。 「隅田川」では急病での入院を機に心の離れてゆく夫、 「川女」では塾経営に乗り出す見下していた旧友、 「水の町」では結婚13年で前触れもなく去った妻、 それぞれ人と人との間の渡り合えない深淵を一人称で見つめる。 最後の「赤い月」は趣を変え、お化け屋敷と呼ばれる謎の家に住まう少女との 20年越しの約束の物語で、やや不気味。
ギヤマン ビードロ 林京子 講談社 借980 2002/10/12 ○ 長崎の原爆から33年、女学校の卒業から30年。 33回忌を機に集まった級友たちの人生や、 今は亡き級友たちの思い出をめぐる、連作短編12篇。 生き残っている人々であっても、 いつ襲われるか分からない後遺症への不安は勿論のこと、 被爆や被害の状況の差による被爆者間での微妙な屈折などもあるようで、 原爆の残した傷跡はかくも深く複雑であった。
オルガニスト 山之口洋 新潮社 552 2002/10/08 有望なオルガン奏者でありながら、事故で腕を壊し、 病院から失踪した学生時代の同輩。 年月を経て、南米で見出された謎の天才オルガン奏者の演奏に、 主人公は行方不明のままの同輩の姿を重ねて見てゆく。 鍵盤曲を中心にバッハの音楽の話題が満載で、 オルガンの構造に関する記述も詳しく、バッハやバロック狂にはかなり楽しめる。
月夜見(つくよみ) 増田みず子 講談社 借1,800 2002/10/06 父の死後、長年共に暮らしながらついに打ち解けることのなかった娘と継母。 やがて継母が倒れて病院に担ぎ込まれ、 娘は継母の占めていた領分(アパート経営)に足を踏み入れてゆく。 主人公はこの著者らしい孤独人だが、 初期作に比べて年齢が上がっている分だけ、重苦しさを感じる。 叙述文と日記体を交錯させつつ、最後はミステリアスな結末に。
赤い月 (上)(下) なかにし礼 新潮社 借1,500 +1,500 2002/10/02 ◎ 貧しい車夫から心機一転、 満州に渡って始めた酒造業で栄華を極めた夫妻。 しかし訪れた敗戦ですべてを奪われ、 夫の行方も知れぬまま、妻子は過酷な逃亡生活を余儀なくされる。 著者の父母を主人公とした作品で、 時系列的には「兄弟」の前編とも言える。 戦前戦中の時代の空気、満州国と軍部の無残な実態、 酸鼻極まる逃避行の描写など、凄まじい迫力と生々しい現実感。
バッハからの贈りもの 鈴木雅明/加藤浩子 春秋社 2,800 2002/09/28 ◎ バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の音楽監督が、 J.S.バッハの音楽の魅力について大いに語る。 声楽曲から器楽曲に至るまで、 作品の全貌を熟知している氏ならではの深い思想と学識があってこそ、 あれだけの演奏の質の高さがあることを実感。 対談形式による構成も、この本では成功している。 採録されたリハーサル風景なども部外者には興味津津。 譜例も多数。
オーケストラ楽器別人間学 茂木大輔 新潮社 552 2002/09/23 ◎ 楽器が性格を変えるのか? 性格が楽器を選ぶのか? 演奏楽器によって、奏者の性格や行動傾向のみならず、素性まで分かってしまう!? オーケストラの団員の人間性を、所属する楽器パートによって、 様々な観点から科学的(!)に分析する試み。 結構マジメな所も、独断と偏見に満ちた所も、 どうしようもなく面白おかしく、まさに抱腹絶倒の爆笑モノ。 ここ数年間で、ここまで笑えた本はなかった程。
バッハとの対話 小林義武 小学館 借3,800 2002/09/22 ◎ バッハの資料研究の第一人者による、バッハ研究の近況。 扱うテーマは多岐に渡るが、バッハの原典資料に誰よりも多く接してきた著者だけに、 特に作曲年代研究には最先端の情報がある。 かなり専門的な議論も含まれるが、何ら難解にはさせず、 譜例や図版が満載なのも嬉しい。 但し内容的には、小学館「バッハ全集」の連載記事と大半が重複するため、 購入を迷いとりあえず図書館で拝借。
兄弟 なかにし礼 文藝春秋 借1,619 2002/09/19 ○ 戦地から復員したものの堕落的に借金を重ねる兄、 その莫大な負債に苦しめられながらもどうしても兄を見捨てられない弟の、 長年の葛藤を告白した壮絶な自伝的小説。 兄を信じたい弟を、平然と裏切り続ける兄の姿には、何ともやりきれない気分だ。 なお文中に、数日前に読んだばかりの「月光の夏」のことが出てきて、 あまりの偶然にびっくり。
月光の夏 毛利恒之 汐文社 借1,456 2002/09/16 ◎ 戦争末期、音大出身と師範学校出身の2人の特攻兵が、 特攻基地・知覧に発つ直前、グランドピアノのある小学校を訪れ、 渾身の「月光」を奏でた。 50年を経て明るみに出たその物語は大きな反響を呼ぶが、 その兵士たちの足跡を探す過程は、意外な展開を見せてゆく。 大筋は映画版とほぼ同じだが、 話はより詳細で、やはり涙なくしては読めない感動作。
てるてる坊主の照子さん (上)(下) なかにし礼 新潮社 借1,600 +1,600 2002/09/15 ◎ 戦後の大阪。パン工場を営む夫婦と娘4人の、 ほのぼのと楽しくちょっと泣かせる、家族の物語。 テレビ喫茶を開業し、その支店をスケート場に出し、 それをきっかけに長女をスケート選手に、更には次女を歌手の道へと、 ぐいぐい引っ張ってゆく母親は、猛烈にパワフルだ。 ただ、一方で放置されている三女・四女が可哀想な気がしてならなかった。
すべてがFになる 森博嗣 講談社 借714 2002/09/14 ○ 孤島にある近未来的な最先端研究室、その完全な密室で、天才研究者が惨殺された。 たまたま現場に居合わせたN大学の助教授と女子学生が、謎に取り組む。 連発する電算機用語は業界人には楽しい。 著者は私と同じ大学の助教授だそうで、 描かれる大学の風景にはいろいろと懐かしいものがあった。 結末はかなり予想外。
悪霊の午後 遠藤周作 講談社 借1,200 2002/09/12 ○ 作家が秘書として雇った若き未亡人には、 人間の内面に抑圧された欲望を顕わにさせてしまう力を秘めていた。 彼女に関わった男たちが次々と破滅させられてゆく中、 ついに作家自身にも魔の手が近づいてゆく。 「わが恋う人は」と同様に 深層心理モノのホラー系サスペンスで、 もし自分だったどうさせられてしまうのか、などと考えると本当に怖い。
佐川君からの手紙 唐十郎 河出書房新社 借980 2002/09/11 パリの邦人留学生が、白人女性を殺害しその肉を食した(実際にあった)事件。 その映画化のために脚本家が獄中の犯人と交わした往復書簡と、 犯人の知り合いだった邦人女性との対話から構成された、幻想的な小説。 犯行の心理的背景の云々以前に、展開する異常な世界への不快感は如何ともし難い。
やすらかに今はねむり給え 林京子 講談社 借1,400 2002/09/10 ◎ 昭和20年、長崎の高等女学校から兵器工場へと学徒動員させられた著者。 動員先での数ヶ月の生活風景を、 恩師が遺した工場記録と級友が遺した日記に沿って、刻々と再現してゆく。 5月下旬の動員初日から、やがて来る悲劇を知らぬままに、 それぞれの青春を生きていた女学生たち。 8月9日に向かって日付が進むにつれて、読み進めるのが実に辛くなった。
わが恋(おも)う人は 遠藤周作 講談社 借1,300 2002/09/09 ○ 旧家に伝わる男雛にまつわる伝承を知った記者が、 それと対だった筈の女雛への手掛かりを探す中、 女雛の所有者たちは次々と不幸に見舞われていた。 やがて、戦国時代に夫から引き離された女の怨念の物語が明らかになってゆく。 遠藤さんの深層心理や転生への関心を示すホラー風小説で、 読み始めたら途中で止められない。
無きが如き 林京子 講談社 借980 2002/09/08 ○ 被爆から30年、8月9日の長崎から生き残ってしまったことは、 幸運だったのか不運だったのか。 風化してゆく戦争の記憶、先に逝った級友たち、 被ってきた社会的不利益、平和運動への疑心、国家への憤り等々、 被爆者の抱える終ることのない重い苦悩が、淡々と語られる。
いま特攻隊の死を考える 白井厚編 岩波書店 借480 2002/09/05 特攻隊の歴史と実態や、 特攻隊について正しく知らしめるための提言など、論考3篇。 冊子の厚さから言ってそう詳しいことが書いてある訳ではないが、 特攻作戦に飛行機以外にも色々あったことや、 例の右翼歴史教科書の問題など、いろいろ勉強になった。
禁止空間 増田みず子 河出書房新社 借1,200 2002/09/01 ○ 男が引越した新築マンションの、何もない筈の白い壁面に、ある日、 見知らぬ女性が暮らす部屋の様子がぼんやりと写っていた。 あり得ないことと思いつつも、壁の観察にのめり込む男は、 その女性に別れた恋人の姿を重ねつつ、やがて生活を破綻させてゆく。 著者にしては異例のミステリアスな雰囲気。
麦笛 増田みず子 福武書店 借1,200 2002/08/31 学生闘争にも熱中できないまま、知的障害児施設の養護職員として収まった主人公。 子供たちとの程々の距離感を保てる生活に感じる居心地のよさ、 しかしその根底にある自身の欲望に気付いた時、破壊的な衝動が芽生えてくる。 社会や集団に対する主人公の感じ方がよく分かる分だけ、 話の展開に息苦しささえ感じた。
祭りの場 林京子 講談社 借750 2002/08/28 ◎ 著者自身の長崎での被爆体験に基づいた小説集。 被爆直後の爆心地の実情を、冷静な憤りを込めて物語る「祭りの場」。 半死の友を見捨てた後ろめたさに怯えつつ死にゆく少女「二人の墓標」。 数十年を経ても消え去ることのない原爆症への恐怖「曇り日の行進」。 徒に悲劇性を強調することなく、ただありのままに書いてあるのが、 かえって凄惨さを伝えている。
ふたつの春 増田みず子 新潮社 借980 2002/08/22 ◎ 人間の本質的な孤独を見つめる、著者の第一創作集。 自殺した男への非を問われる元恋人と、男の知人たちの「死後の関係」。 理想共同体を狂信する男たちに、 意に反して巻き込まれてゆく隣室の女性「個室の鍵」。 学生デモ全盛期の大学女子寮の脆い人間関係「桜寮」。 失踪した娘の幻影を振り払えない父母と、 姉の軌跡に自分を重ねてゆく妹「誘う声」。 瀕死の女性を偶然救ったことから、 関係を変質させてゆく男女の「ふたつの春」。
自殺志願 増田みず子 福武書店 借980 2002/08/20 ◎ 自ら孤独を選ぶことを主題とした小説集。 労組へと誘う強引な先輩職員、団交で会った死にたい娘、 彼女らを遠ざけたい自分「自殺志願」。 病理解剖の職場で、臓器に囲まれ閉塞した人間関係の中、 鬱積する女性たち「他人の体」。 息子夫婦に捨てられた老婆に、無神経に干渉する隣人「一人暮らし」。 未知の<あなた>を探す幻想の一人旅「あなたへ」。 小さな島に一人来た女性が、自身に似た島の狂人のことを聞く「旅の理由」。
ソースコードの反逆 G.ムーディ/小山裕司監訳 アスキー 借2,400 2002/08/15 GNU/Linuxを中心に、perl, apache, mozilla等々、 オープンソース運動によるソフト開発の軌跡を振り返る。 自由のため喜びのためという基本理念は、ソフト業界に留まらず、 生きる姿勢そのものに問い掛けるもののようだ。 ネット社会は、いかにこれらの成果の上に成り立っていることか。 これを読んで、それでもあなたはMicro$oftを信じますか?
旧約聖書の世界 池田裕 岩波書店 1,100 2002/08/13 旧約聖書を、聖典としてではなく、 ヘブライ民族の文化遺産として捉え、その魅力を語る。 内容的には解説書と言うより随想。 著者の思い入れの余りややヘブライ人の肩を持ち過ぎな気もするが、 書かれた時代の風土や気候の下に置かれた諸文書が、 生き生きと見えてくるのは確か。
冬の水練 南木佳士 岩波書店 1,500 2002/08/12 ◎ 書き下ろしエッセイ集。 医師としての生活風景、作家としての姿勢、 抱えるうつ病のこと、若き日への回想、老いと死についてなど、 力みのない、しみじみと味わい深く、心安らぐ極上のエッセイ、全25篇。 惚れ惚れするような傑作。
ある女のプロフィール 藤堂志津子 中央公論社 借552 2002/08/10 ◎ 29歳の若さで事故死したキャリアウーマン。 彼女と関わり合った男たちそれぞれの回想を通じて、 奔放な男性関係の裏にあった彼女の悲しみを多角的に見つめてゆく。 人間の内面が、表向きに現れる一面から捉えられるような単純なものでないことを、 つくづく痛感させられる。 ミステリーのような緊張感も併せ持つ感動作。
食卓のない家 (上)(下) 円地文子 新潮社 借950 +950 2002/08/08 連合赤軍事件を背景に、世間の非難を浴びる加害者側の家族に目を向けた小説。 実行犯で獄中にある息子、精神を病み入院した母親、婚約を破棄された妹。 しかし父は息子の独立した個人性を信念に謝罪などを断固拒否。 やがて家族は崩壊と変容を向かえる。 人物描写がやや類型的ではあるが、 指摘される日本的社会気質の問題には考えさせられる。
星への旅 吉村昭 新潮社 借260 2002/08/03 ◎ 人間の死を様々な方向から見る短編6篇。 鉄道自殺と扱われたボクサーの死の謎「鉄橋」。 解剖標本に処される少女が一人称で語る「少女架刑」。 骨格標本作りに熱中する老人の異常な執念「透明標本」。 廃墓地から石仏を盗む友人と失踪する姉「石の微笑」。 空虚感の果てに集団自殺へと急ぐ若者たち「星への旅」。 空襲で焼け出された道連れの男の悲哀「白い道」。
われら冷たき闇に 藤堂志津子 中央公論社 借621 2002/07/30 ◎ 結婚、出産、離婚、再婚、何もかもぼんやりと過ごしてきた35歳の女性。 一見平穏に見える家庭はしかし、 老家政婦の微妙な制御下での異常な家族関係の上に危うく成り立っていた。 主人公はいかにも藤堂作品らしい女性だが、 これほどドロドロとした人間関係に巻き込まれてゆくものは、 今まで読んだ中にはなく、少々意外。
白い屋根の家 藤堂志津子 中央公論社 借485 2002/07/28 ○ 札幌の郊外に自分の家を持った33歳の独身女性。 どこか醒めた生活を送る中、古い友人たち、継母とその姪、 なりゆきで受けた見合いの相手との関係を巡って、 自分の生き様を見つめ直してゆくことになる。 地に足の付かないままいつの間にか「大人」になってしまった主人公の心模様は、 ほぼ同年齢だけによく解る気がする。
語られざる連合赤軍 高橋檀 彩流社 借1,800 2002/07/20 ○ 坂口弘や永田洋子らと同世代の女性としての視点で、 一連の連合赤軍事件を客観的に振り返る。 著者は坂口氏の母親を支える会をつとめる一主婦。 取り立てて目新しい情報が含まれている訳でもないが、 革命左派・赤軍派各々の行動の特質や、 警察側がマスコミを巻き込んで演出した巧妙な策略など、 さすがに同じ時代を生きた人ならではの鋭い洞察が見られる。
漂流記1972 三田誠広 河出書房新社 借1,900 2002/07/18 無人島に篭った15人の若者たちが、同志粛清を経て銃撃戦に至る。 連合赤軍事件を極端に脚色した大作だが、 登場人物たちを'80年代のアイドルの名前にしてあって、 物語もいかにも軽いノリで展開してしまう。 意外に真相を突いているのかも知れないが、 事件を同時代に伝えようとする意図とは言え、あまりに軽すぎる気はする。
山中静夫氏の尊厳死 南木佳士 文藝春秋 1,300 2002/07/07 ◎ 楽に死なせて欲しい。 末期癌の患者の願いを真っ向から受け止めながら、いつしか消耗してゆく担当医。 南木さんご自身が心を病むに至った経緯がよく分かるとともに、 死と向かい合うことの意味を考えさせられる。 併録の「試みの堕落論」は、 カンボジア難民収容所への派遣医師団の休日に、同僚たちの意外な内面を見出す話。
スターバト・マーテル 桐山襲 河出書房新社 借1,300 2002/07/06 ○ 連合赤軍事件から12年を経て、地下から蘇る兵士たちを幻想的に描いて、 革命の継続性を暗示する表題作。 韓国のうらぶれた旅芸人一座の構成員それぞれの抱える時代の悲しみ「旅芸人」。 戦争の記憶に捕われた老人2人にとっての昭和の終わり「地下鉄の昭和」。 全篇に非常に重苦しく、厳粛な雰囲気が漂う。
あさま山荘事件 審判担当書記官の回想 白鳥忠良 国書刊行会 借1,500 2002/07/03 事件に関与した少年Mを担当した書記官の手記。 「Mから見た事件の真相」を標榜するが、記述は表層的でまるで話にならず、 それでいて役人の肩書や被害状況だけは妙に詳しく、まさしく役人的思考の典型。 自身や家族を描いた場面の幼稚さや、文章の下手さ(書記官なのに)も含め、 どうしようもなく低級な内容。
忘れてならぬもの 三浦綾子 日本キリスト教団出版局 1,600 2002/07/01 ○ 雑誌などに掲載され単行本未収録のエッセイを集めたもの。 綾子さん亡き後も、こうして発掘され刊行されるのは有り難い。 自身の作品について、信仰生活について、敬愛する人々についてなど、 分類と配列が好適で、元々は機会も時期もバラバラの寄せ集めなのに、 全体としてまとまった一冊になっている。 編集者はよい仕事をしたと思う。
妻 三浦綾子と生きた四十年 三浦光世 海竜社 1,500 2002/06/30 ○ 歌人でもある光世さんが、折々に詠んだ短歌を交えながら、 綾子さんとの邂逅から死別までをエッセイ風に物語る。 その時その時の光世さんの心境が、短歌によって代弁されていて、 特に挽歌に込めた痛切な想いには思わず目が潤んでしまうほど。 そして、光世さんの生き方の謙虚さには、いつもながら頭が下がる思い。
神かくし 南木佳士 文藝春秋 1,333 2002/06/28 ◎ うつ病から回復しつつある著者の近況が伺える小説5題。 老姉妹に誘われて山奥へきのこ狩りに行く「神かくし」、 親族の祝宴で出会った老人が気になる「濃霧」、 亡き友人が遺した小説を機に昔過ごした町に出掛ける「火映」、 傷んだ郷里の生家を訪れる小さな旅「廃屋」、 若き日に川底の石に彫った標を探す「底石を探す」。 著者の穏やかな諦観が心に沁み入る。
白い山 村田喜代子 文藝春秋 借1,300 2002/06/16 ○ 「老婆」をキーワードに12の掌編小説を連ねた「白い山」、 両親の離婚で引き離された弟との思い出が切ない「鋼索電車」、 迷子の捜索のために待ちに待った逢引を損なわれた男女の「山頂公園」、 昔の同僚のアパートで不可解な寒さに震える「寒い日」など、 どれもかなり風変わりな印象を残す、個性的な7つの短編。
自由時間 増田みず子 新潮社 借1,200 2002/06/15 ○ 親や兄妹とさえも関係を絶って、16歳で家出してから20年余り。 過去を捨て、人間関係を避けながら生きてきた女性の、その時々の心の揺らぎを描く。 放浪から安住へ、そしてまた新たな展開からの逃避。 共感と言うのとも違う気がするが、 この主人公が維持しようとしている人間同士の距離感は、 よく理解できる。
日本赤軍派 その社会学的物語 P.スタインホフ/木村由美子訳 河出書房新社 借3,500 2002/06/12 ◎ 連合赤軍の同志粛清事件を中心に、 日本人ゲリラによるテルアビブ空港銃撃なども含めた一連の事件の経過と背景を、 米国人社会学者が鋭く分析。 日本人の行動の特徴も踏まえて、 個々のメンバーの性質が決して特殊だった訳ではないことや、 事態の本質を見ようとしない権力側の姿勢の指摘など、 非常に深く核心を突いている。
彗星の住人 島田雅彦 新潮社 借2,000 2002/06/09 主人公が、失踪した父の手掛かりを求めて自身のルーツを遡るうちに、 激動の時代の中で、熱烈な恋愛に身を焦がした祖先たちのことが 次第に明らかになってゆく。 蝶々婦人や高名な女優等々、 みるみる壮大に拡がってゆく物語に最初は引き込まれたのだが、 あまりの「出来過ぎ」の展開に間もなく気分が退いてしまった。
知覧特別攻撃隊 村永薫編 ジャプラン 借1,000 2002/06/02 ◎ 特攻隊兵士の遺書や日記などを集めた本。 多くの遺書の、恐らく本音を押し殺した文面に、 物凄く重苦しい気分にさせられたが、更に読み直してみて、 あのように書かざるを得なかった、 と言うよりあのように自分自身に言い聞かせざるを得なかった心境を思い、 たまらない気分だ。ホタルの挿話にも泣かされる。 さだまさし『兵士の手紙ときよしこの夜』の典拠。
空から来るもの 増田みず子 河出書房新社 借1,600 2002/06/01 ◎ 夫と別れ、恋人と別れ、独りでいることを選んだ、 中年間際の女性の内面を綴った連作小説。 気楽さと虚しさの間を揺れ動きながら、やや投げやりな生活を送る主人公の気持ちは、 何だか非常によく分かる気がする。 主人公がさまよう郊外の夕暮れの情景も、眼に浮かぶよう。
獄中からの手紙 永田洋子 彩流社 借1,748 2002/05/29 獄中にある元連合赤軍幹部が、死刑確定直前までに書き綴った悲痛な手記。 悪化する脳腫瘍の治療も得られず、飲尿療法にすがる姿はあまりに痛々しく、 これが現代のこととは信じ難いほど。いくら相手が死刑囚とは言え、 こんなことをしていていて権力側の関係諸氏は恥ずかしくないのだろうか。
連合赤軍27年目の証言 植垣康博 彩流社 借1,800 2002/05/26 刑期を終えた元連合赤軍兵士が、出所後に受けたインタビュー数編と、 甲府刑務所から公表した手記から構成。 インタビューは連赤問題の核心を突く内容で、 特に幹部に向けた視線には氏の立場ならではの鋭い指摘がある。 手記では連赤については触れないが、 獄中での日常の様子から、植垣さんの積極的な人柄が感じ取れる。
神の子どもたちはみな踊る 村上春樹 新潮社 借1,500 2002/05/25 阪神大震災について何かしら関連付けた連作短編。 内容はしみじみとしたものからシュールなものまで色々で、 地震を直接的に扱っていないせいか、 主人公たちの秘めた悲しみが大袈裟にならないのがよい。 ただ、後で思い出してみても、あまり印象に残っていないのも確か。
つま恋 井沢満 角川書店 借1,600 2002/05/21 ○ 自分がアルツハイマー病に冒されたことを知った、若き大学教授の女性。 夫の失職や浮気、息子の結婚話など、崩壊しそうな家族は回復できるのか。 前半の発症の様子のリアリティに、もし自分がそうなったらと思うと、 身につまされるのを通り越して恐怖すら覚えたが、 ラストの合奏からメールにかけての場面には、ちょっと泣かされた。
「あさま山荘」篭城・無期懲役囚吉野雅邦ノート 大泉康雄 祥伝社 590 2002/05/19 ○ 連合赤軍幹部・吉野雅邦氏と、 吉野氏の妻で「総括」死した金子みちよさん、 二人の関係を吉野氏の長年の親友が振り返る。 当事者のごく身近な人だけに、全く他人事としてでなく、 しかも客観的に事態を見ている。 特殊な人でも何でもなかった吉野氏や金子さんが、 このような悲劇を引き起こすに至ったことへの、無念の情が胸に沁みる。
愛と命の淵に 瀬戸内寂聴・永田洋子 福武書店 借1,200 2002/05/18 獄中の連合赤軍幹部・永田さんと、瀬戸内さんとの往復書簡。 裁判や脳腫瘍と対峙する永田さんが、手紙のやりとりの中で次第に内省を深めてゆき、 瀬戸内さんにとっても永田さんの存在の重みが増してゆく様子は、感動的でさえある。 瀬戸内さんご自身も姉の死という苦難を抱え、発言はさすがに深く含蓄がある。
私生きてます 永田洋子 彩流社 借1,500 2002/05/15 東京拘置所に収監されていた著者が、 脳腫瘍を抱えつつ連合赤軍裁判を闘う日々の生活を綴る。 著者の身勝手に思える部分も少なくないが、 それを上回る監獄の管理体制の理不尽さは目に余るものがあり、 更に裁判所の不当な実態なども含めて、 この国の権力側の実情が裏面から浮き彫りになるようだ。
浅間山荘事件の真実 久能靖 河出書房新社 600 2002/05/12 ○ あさま山荘事件の報道に携わったTVアナウンサーによる、事件のドキュメンタリー。 極寒の現場に連日いた人だけに場面描写は詳細で迫力があり、 記述自体も(警察側の証言に比べれば)かなり客観的な視点に思える。 報道各社のしのぎ合いの伏線にも、当事者ならではの臨場感あり。 写真を多数収録しているのも、当時を知らない者には有り難い。
永田洋子さんへの手紙 坂東国男 彩流社 借1,500 2002/05/11 あさま山荘事件で逮捕された数年後に「超法規措置」で出国した著者が、 永田氏に語りかける手紙という体裁で、連合赤軍を振り返り、革命への展望を語る。 執筆当時もアラブで闘争に取り組んでいる人なので、 革命思想に対する議論が多く、正直言ってよく分からない内容が多かった。
優しさをください 大槻節子 彩流社 借1,500 2002/05/07 連合赤軍兵士として「総括」で殺された女子大生の、死の数年前からの日記。 あくまでも真剣に真面目に、人間や社会のありかたを追求し思い悩む様子が、 時に熱く、時に詩的に綴られている。 その年頃だった自分の愚かさを振り返り、 また著者と同世代の人々の現状を思うと、著者の遺影に申し訳ない気がする。
兵士たちの連合赤軍 植垣康博 彩流社 借1,800 2002/05/06 ◎ 連合赤軍兵士による記録。 革命運動との関わりの発端から、M作戦などの闘争を経て、 「あさま山荘」直前に軽井沢で逮捕されるまで、時系列で詳述。 社会への怒りや、同志女性への恋など、若者らしい一途さが強く感じられる。 赤軍派のヒラ兵士の立場であり、 革命左派幹部の坂口氏永田氏 との視点の差も興味深い処。 資料的価値も大。
岬へ 伊集院静 新潮社 借2,000 2002/04/26 瀬戸内の豪商の長男が、家業を継がせたい父の意思に反して 東京の大学に進学し、そこで出会った人々との交流や旧友たちの変貌の中で、 自分自身を見つめ直してゆく話。 しかし、登場人物がむやみに多く(30人以上!)しかも各人が型通りで奥行きに乏しく、 場面描写も不必要に説明的に過ぎて、全体として散漫で、個人的には退屈。
十六の墓標 (上)(下)(続) 永田洋子 彩流社 借1,500 +1,800 +1,800 2002/04/24 ○ 連合赤軍元幹部による一連の事件の記録。 (上)(下)では、生い立ちから逮捕までを、自己批判を加えつつ詳述。 坂口氏による記録に比べ、 良く言えば一途、悪く言えば妄信的な印象。 恐ろしいほど簡単にあのような惨事に至ってしまう様子に、 読んでいて気分的に非常に疲れたが、一次資料としては貴重。 (続)は後年のエッセイで、逮捕後の獄中生活や思想遍歴などについて。
あさま山荘1972 (上)(下)(続) 坂口弘 彩流社 借1,854 ×3 2002/04/07 ◎ 連合赤軍元幹部による一連の事件の詳細な記録。 社会の変革を願う一途な若者の行動が、 なし崩し的にあのような結果に至ってしまうまでの過程が、 当事者ならではの冷静な状況分析も交えて克明に記される。 とりわけ同志殺害とあさま山荘篭城については、さすがに印象が強烈。 著者の当初の発想はよく理解でき、だからこそ、以後数十年を経て、 状況が少しも良くなってはいないことを、悲しく思う。
連合赤軍「あさま山荘」事件 佐々淳行 文藝春秋 514 2002/03/18 あさま山荘事件の発端から結末まで、警察側指揮官による回想。 完全に警察側のご都合に則っておりいかにも視点が偏っているのは仕方ないとしても、 この著者の単純かつ短絡的な思考と高慢な口調にはいささか辟易。 しかもこれを危機管理云々の副題で売り出すのは如何なものか。 これで当人は「正義」の「サムライ」を自称するのだから始末に負えない。
毒−風聞・田中正造 立松和平 河出書房新社 840 2002/03/09 ○ 足尾銅山から流れ出した鉱毒で死の地帯と化した農村を救うべく、 公私共に全てを捧げて活動する田中正造。 目を覆うばかりの惨状に、しかし政府や役人たちは、対策を打ち出すどころか、 逆に一帯を廃村化せんと極悪非道の限りを尽くす。 こういう連中が、昔も今も、この国を駄目にしている。
光の雨 立松和平 新潮社 781 2002/02/24 ○ 連合赤軍による同志粛清事件を題材にしたフィクション。 革命を夢見た若者たちが、雪山のアジトに封じられた日々の中で、 少しづつ変質してゆく過程が、怖いほど生々しく描写されている。 先日見た映画版に比べて、 過去の事件を受け止める側の現代の若者の設定が全く異なっていたが、 その点でやや無理のあるこの小説版に比べ、 映画版はつくづく上手く出来ていたと改めて思う。
満潮の時刻 遠藤周作 新潮社 476 2002/02/15 ○ 肺病で長期入院する主人公の、病床での内省的な日々の描写。 生死の間をさまよう手術を繰り返す中で、 長崎でかつて見た踏絵の像の哀しみが心に浮かび上がってくる。 「沈黙」に先立って書かれた作品とのこと。 件の踏絵の現物を去年私は長崎の「南山手十六番館」で見たこともあり、 尚更印象深いものがあった。
白仏 辻仁成 文藝春秋 457 2002/02/02 ◎ 以前借りて読んだ(→2000/12/10)ものの 忘れがたく、文庫版で再読。 死について真正面から取り組んだ重厚な傑作。 なお、この文庫版の表紙絵は雰囲気を的確に醸し出しており秀逸、 単行本の表紙よりもよいとさえ思う。 ちなみに同種の仏像については須賀敦子「地図のない道」 (→2001/08/09) でも触れられており、大野島が唯一ではないようだ。
死、それは成長の最終段階 E.キューブラー・ロス/鈴木晶訳 中央公論新社 800 2002/01/30 「死ぬ瞬間」シリーズの続篇。 様々な方向から死を考える論文や手記を集めたもので、 著とあるが内容的には編著。 議論の軸は前著と同じく、死を忌避することなく人生の段階として捉えることの意義。 ただ、抽象的な議論が多いこともあり、やや読み辛い印象も。
駅前旅館 井伏鱒二 新潮社 362 2002/01/21 団体客相手の駅前旅館の番頭が、 日常の仕事や、同業者との交わり、ほのかな恋情、 などについて一人称で気ままに語る、人情喜劇。 今の時代とは随分異なるとは思うが、 その業界の内部の様子が垣間見られるのは面白い。
遥拝隊長・本日休診 井伏鱒二 新潮社 324 2002/01/15 ○ 出征先で頭がおかしくなり敗戦後も戦時中の意識のままの男 (映画版『黒い雨』の、機関音に発狂する男を想起させる)と、 休診中にもお構いなく押し掛ける患者たちへの対応に追われる町医者、 それぞれを描いた悲喜劇2篇。 終戦後の時代の雰囲気を色濃く感じさせる。
現代新約注解全書 マルコ福音書 上巻 (増補改訂版) 田川建三 新教出版社 4,000 2002/01/13 ◎ 図書館で借りて(→2001/01/03)以来、 購入したく探していて、ようやく店頭で発見。 マルコ福音書の一節一節について、 様々な学者の見解を俎上に乗せ考証しつつ、厳密な翻訳と注解を提示し、 マルコの主張の本質を鋭く解き明かしてゆく。 議論の明快さは、私のような門外漢にもすっきり理解できるほど。 後書きによれば、続巻は「鋭意執筆中」の由で、心待ちにしている。

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(紺野裕幸)

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