寸評 2004年

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◎=絶賛 ○=よい
2004
タイトル 著者 出版社 価格 読了日 感想
瀧廉太郎 海老澤敏 岩波書店 740 2004/12/15 夭折の天才音楽家・瀧廉太郎と、日本の西洋音楽黎明期の状況について紹介。 たまたま私は半年程前に大分・竹田の「瀧廉太郎記念館」などを訪れたこともあって、 個人的に興味は尽きないところ。ただ、内容的に踏み込んだ議論は少なく、 例えば『荒城の月』の「花の宴」の♯についてなど、 章を割いて触れている割には得られる情報は少ない。 また、曲調について説明されても、譜例が殆どないのでもどかしいばかり。
水滴 目取真俊 文藝春秋 438 2004/12/12 ○ 幻想的で奇怪なイメージの中に、沖縄戦の痕跡が浮かび上がる短編。 奇病で足が肥大化し、そこから滴る水に戦死者の亡霊が集まってくる『水滴』。 風葬場の「泣く」頭蓋骨の過去と現在をめぐる『風音』は、 原作者本人の脚本による映画版 (→2004/09/17) と展開がかなり異なる。最後の『オキナワン・ブック・レヴュー』は、 土着信教にまつわる書評の体裁で、ちょっと意図不明。
翼はいつまでも 川上健一 集英社 借1,600 2004/12/01 ○ 1960年代の青森、野球部補欠の中学生の青春記。 県大会への意気込みと落胆、教師の理不尽な仕打ちへの反逆、 不純な目的で出かけた十和田湖畔へのキャンプ、同級生の女の子との思いがけない恋、 そんな時にいつも支えとなっていたのは、 当時流行し始めだったビートルズの歌だった。 そして、三十余年を経ての、同窓会での再会。 いかにもと言う感じではあるが、ふと昔を思い出したり、爽やかな感動はある。
やさしい訴え 小川洋子 文藝春秋 524 2004/11/21 ○ 夫から逃れて山奥の別荘に隠れ住んだ女性と、 付近の山荘を作業場とするチェンバロ製作家の男、そしてその弟子である若い女。 次第に女性は男に想いを寄せるようになったが、 男と女弟子との間には音楽を介した深い結び付きがあった。 3人の微妙な関係は、やがて共同作品というべき一台の美しいチェンバロを生み出して、 終わりを迎える。 チェンバロやバロック音楽の印象が、物語の切なさを浮き立たせる。 表題はJ.Ph.ラモーのクラヴサン小品から。
日本映画は再興できる 李鳳宇 ウェイツ 750 2004/11/19 ○ ミニシアター系作品でよく目にするシネカノン(cineQuanon)の設立者が、 日本の映画界の現状と展望について大いに語る。 日本映画の凋落を招いた業界の構造的な問題から、 プロデューサーとしての日本映画再興への取り組み、 在日朝鮮人としての生い立ちについてなど、 インタヴュー形式で構成され、堅苦しくなく読み易い。 独自の信念と価値観に基づいて、業界に新風を巻き起こそうとする、 著者の意気込みが強く感じられる。
無能の人・日の戯れ つげ義春 新潮社 借780 2004/11/14 ○ 知人の勧めで久し振りに漫画を読破。 妻と幼い子供と暮らす没落漫画家が、古物商や、 挙句は拾ってきた石を売る仕事などに手を出したり、 しかし結局どうにも報われないまま、日々が過ぎてゆく。 全体に暗く貧しく、何とも言えない悲しみが漂っているが、 しかしどこか滑稽で、しかも格調の高さもある。 漫画ならではの映像世界。映画化された作品も見てみたいと思う。
武蔵丸 車谷長吉 新潮社 借438 2004/11/07 ○ 「みずから苦を求めて、それを正の糧にする性癖」がある著者自身の、 過去と現在を赤裸々に綴った短編集。 小都会の伯母宅に預けられた少年時代「白痴群」、 高校時代のニヒルな恩師「狂」、 サラリーマン時代の同僚たち「功徳」、 夫婦で溺愛したカブトムシの生涯「武蔵丸」、 知り合った瘋癲男との「一番寒い場所」、他。 文面から漂う澱んだ雰囲気はかなり独特で、 「赤目…」に通じるものあり。
深呼吸の必要 ノベライズ 長谷川康夫 幻冬舎 560 2004/11/03 ○ 映画「深呼吸の必要」(→2004/06/12, 2004/10/28)の物語を小説化。 沖縄のサトウキビ刈り取りの短期アルバイトに従事する若者たちが、 過酷な労働環境と困難な進捗状況の中で少しずつ変わってゆく。 映画よりも詳細なエピソードが丹念に描かれている分だけ、 一人一人の内面がいとおしく感じられると同時に、 映画の一つ一つのシーンの感動が刻々と心に蘇って来る。
宿命 「よど号」亡命者たちの秘密工作 高沢皓司 新潮社 借900 2004/10/23 ◎ 1970年の「よど号」ハイジャックで北朝鮮に渡った赤軍派メンバーたちの 「その後」を、現地取材も交えて綿密に追跡したノンフィクション。 北朝鮮の思想教育に染め上げられ、金日成の「金の卵」として 秘密工作の最前衛を務め、よりによって日本人拉致にまで全面的に関わっていたとは。 隠匿と虚構だらけの情報の中から、よくぞこれ程の真相を引き出したものだ。
赤目四十八瀧心中未遂 車谷長吉 文藝春秋 借1,700 2004/10/10 ◎ 安楽な生活を捨てて、裏社会の人々が住まう尼崎の古アパートに流れ着き、 モツ肉を串刺しする仕事を得た、生真面目な男。 階下に住む刺青の美しい女と関係を持った男は、 「この世の外へ連れて行って」と乞う女と共に、最後の旅に出る。 文章が醸し出すどんよりと薄暗く生々しく濃密な雰囲気を、 映画版(→2004/04/21)は 的確に映像化していたと改めて思う。
人が見たら蛙に化れ 村田喜代子 朝日新聞社 940 2004/10/03 ◎ 個人古物商の業界の舞台裏を描いた傑作 (→2003/03/01)を、文庫化を機に再読。 ガラクタとお宝とが混然とした狭い世界の中で、幻の傑作に出会って興奮したり、 予期せぬボロ儲けに狂喜したり、ぬか喜びに終わって意気消沈したり、 贋作や盗掘など犯罪まがいに手を染めたり、 骨董の魔力に振り回される愛すべき人々の人間模様。 とにかく面白い小説なので、本の厚さに躊躇せず是非ご一読あれ。
殺人の追憶 薄井ゆうじ アートン 借1,400 2004/09/26 ○ 韓国映画のシナリオを元にした「超訳」本。 1986年にソウル郊外で起こった連続強姦殺人事件(未解決)。 被害者たち、刑事たち、そして犯人と、一人称を交代しながら、 事件は次々と発生し、そんな中から警察のでっち上げ体質や犯人の暗い過去が、 次第に明らかにされてゆく。警察と犯人とがついに交点を持ちながらも すれ違ってしまうのが何とももどかしいが、 最後に再び接点に至りそうな予感で終わるのが絶妙。
上海・ミッシェルの口紅 林京子 講談社 1,500 2004/09/24 ◎ 『上海』(→2002/11/08) 『ミッシェルの口紅』(→2002/10/18) の2作品が、「林京子中国小説集」として文庫化。 著者は戦時中、少女時代を上海で過ごしている。 前者は、昭和56年に戦後初めて上海と蘇州を訪れた旅の記録。 変貌した風景の中に、記憶の断片を探し求める著者の意気込みは強い。 後者は、当時の上海暮らしを回想した連作短編集。 ひとつの時代が終わろうとする、その末期の様子を実感させる。
祭りの場・ギヤマン ビードロ 林京子 講談社 1,200 2004/09/08 ◎ 著者の長崎での被爆体験に基づく初期の2作品 『祭りの場』(→2002/08/28) 『ギヤマン ビードロ』(→2002/10/12) が、1冊にまとめて文庫化されたもの。 14歳での被爆から今までの数十年の間、 繰り返し自身に問い掛け続けてきた思索が、小説の形に昇華された傑作。 冷静に抑制された表現の中にこそ、 著者の心に秘められた怒りと悲しみが深く刻み込まれている。
大地 (一)(二)(三)(四) P.バック/小野寺健訳 岩波書店 借720 +670 +670 +700 2004/08/31 ○ 近代中国を舞台に親子3代に渡る家族の愛憎の壮大な物語。 貧しい農夫が大地への信頼だけを支えに地主へと成り上がってゆく第一部「大地」。 その息子たち3人がそれぞれ大地主、大商家、大軍閥として互いの溝を深めてゆく 第2部「息子たち」。 軍閥の息子が革命と旧弊の間に押し潰されてゆく第3部「崩壊した家」。 劇的に人々が往来する1〜2部に比べて3部は個人の内面に主眼が移ってしまっていて、 やや人物描写が型通りの傾向はあるが、 物語の展開は非常に面白く、長大だが飽きさせない。
ほんじょの虫干。 本上まなみ 新潮社 476 2004/08/14 ○ 読書好きの著者による、本にまつわる気楽なエッセイ集。 口語文とも手紙文とも言えない柔らかな文体で、 まったく気取りなく身の回りのささやかな出来事を素直に書いていて、共感度大。 ギリシア旅行記(写真と手書きイラスト付き)もほのぼの楽しい。 解説は先日急逝した中島らもさんが今年5月に書いたもので、 今となっては本当に貴重。
福音書=四つの物語 加藤隆 講談社 1,600 2004/08/13 4つの福音書それぞれに大きな差異があることを、 それぞれの執筆者が思惑を伝えるために「物語」を書いたの経緯として解説。 内容自体は(この著者を含め)類書にもあって目新しさには乏しいが、 非常に図式化・類型化されて説明されるので捉え易くはある。ただ、文中に 「なのではないだろうか」「と思われる」「本書の限られた枠内では不可能」 があまりにも多くて、逃げ腰の感あり。
遺された画集−戦没画学生を訪ねる旅 野見山暁治 平凡社 1,500 2004/08/04 ○ 戦没した東京美術学校(現東京藝術大学)の画学生たち三十余人について、 彼らと同窓の著者が、遺族を訪れて全国各地を歩いた旅の記録。 家族の思い出やその後を偲ぶ中から、戦死した(戦争で殺された)一人一人 それぞれの生活の重みがあったことを改めて思うと共に、 自身が生き残ったことへの著者の苦しい意識が伺える。 各人が遺した作品が一点ずつ収録されているのもありがたい。
バッハ=カンタータの世界 III 礒山雅監訳 東京書籍 4,100 2004/07/14 トン・コープマンのバッハ・カンタータ全曲録音と並行して用意された論文集で、 第3巻はライプツィヒ時代の教会カンタータ編。 第2巻よりは馴染みのある分野だが、 概して細かい議論が多いので読解は容易でない。 全3巻を通じて、私のような素人にはやや過剰に高度過ぎて、 かと言って専門家向けの本とも思えず、 どっちつかずの中途半端な内容になってしまった気がする。
古楽のすすめ 金澤正剛 音楽之友社 1,500 2004/07/12 ○ 今や全盛の「古楽」の演奏や鑑賞をより一層楽しむために、 是非知っておきたい知識について説明。 結構専門的な内容も含まれてはいるが、楽典のように堅苦しい内容ではなく、 読み物風に分かり易く書かれているのが嬉しい。 とりわけ音名や記号の謎など興味は尽きないところ。 古楽ファンのみならず、一般クラシック愛好家の方も、是非ご一読あれ。
きれぎれ 町田康 文藝春秋 450 2004/07/04 ○ 支離滅裂な生活を送る自分が、見合いの場をわざわざぶち壊したにも関わらず、 後でその相手を娶った旧友に嫉妬の炎を燃やして云々…、という話の筋はともかく、 ひたすら一人称で思い付きをしゃべりまくりながら、 現実と空想と妄想が交錯する文体は、 とにかく今までに経験したことのないもので、 殆ど前衛的、しかも抱腹絶倒もの。 表題作の他に「人生の聖」を収録、これまた無茶苦茶で強烈。
イエスという男 第2版[増補改訂版] 田川建三 作品社 2,800 2004/07/03 ◎ 世紀の名著が増補改訂され、装いも新たに再刊。 内容については、 1998/12/132000/01/13を参照。 手持ちの旧版と見比べて、すっきりした印刷面で読み易くなり、 内容的にも随所に改良の手が加えられている。 新版で改めて読み直してみて、つくづく凄い本だと改めて実感。 著者ご自身による紹介文渡辺比登志氏による書評 も参照。
ちょっと寄り道美術館 池内紀 光文社 724 2004/06/16 ○ 著者が立ち寄った個性的な美術館、北海道から九州まで計41ヶ所。 美術館の紹介文ではなく、個人的な旅行記あるいは鑑賞記の体裁になっていて、 それがかえって親しみを感じさせてくれる。 惜しいのは、絵に触れた文章が多いにも関わらず、その画像が載っていないこと (口絵に数点のみ)。実際に行って現物を見よ、と言うことか。 ちなみにこの中で、私自身が訪れたことのあるのは僅か6ヶ所。
死へのイデオロギー 日本赤軍派 P.スタインホフ/木村由美子訳 岩波書店 1,100 2004/06/11 「日本赤軍派」が改題され文庫化。 学生運動の過激化から、連合赤軍による同志粛清、あさま山荘篭城に 至るまでの動きを、米国人社会学者が的確に分析。 当事者たちに共感を持ちつつも、あくまでも客観的な立場で、 特別でない人々があのような事態を引き起こすまでの状況と心理を、 特に日本人の行動様式も踏まえながら、冷静に解明してゆく。 当事者以外の人が書いた同種の本の中で、 あるいは当事者が書いた本も含めても、際立って高水準の一冊と思う。
バッハ=カンタータの世界 II 礒山雅監訳 東京書籍 3,900 2004/06/02 トン・コープマンのバッハ・カンタータ全曲録音と並行して用意された論文集で、 第2巻は(所謂)世俗カンタータ編。 第1巻と同様に 全体としては寄せ集め的で散漫な印象はあるが、 この分野だけで一冊の本になっているのは凄いことだし、 訳文も第1巻よりは多少よくなっている気もする。
冬の蜃気楼 山田太一 新潮社 2004/05/30 新入り映画助監督の主人公は、新進女優の魅力に取りつかれる一方で、 年輩の大根役者の挙動に振り回され、やがて破滅的な事件が起こる。 それから数十年を経て脚本家となった主人公に、 女優から再会の誘いが掛かる。 設置から言って著者の体験に基づくものだろうか、 人間の真実を見ることの難しさを痛感させる小説。
私の幸福論 福田恒存 筑摩書房 640 2004/05/26 ○ 「どんなに不愉快なことであっても、現実は現実として認めること、 甘い理想主義でそれを頭から否定してかからぬこと。 そういう不利な現実の中で、真の幸福を身につける場所を見いだすこと。」 一応若い女性を対象として語られる幸福論だが、内容は普遍的。 最初の美醜をめぐる議論から、 読者への問い掛けは決して甘いものではなく、 むしろ時には残酷とさえ感じられる程だが、 それぞれ自らを省みて深く納得させられるもの。
星の王子さま 最後の飛行 J.P.ヴィレル/河野万里子訳 竹書房 1,200 2004/05/17 1944年7月31日、地中海上空で姿を消したサン=テグジュペリ機。 その直前まで彼と空中で交信し、軍規に反して彼を援護した「敵軍」 ドイツ飛行士がいた。 その現場を、それとは知らず遠くで目にしていた少年は、 それから半世紀を経て、偶然にもその飛行士と邂逅する。 にわかには信じ難い奇跡のような物語で、 事の信憑性が非常に気になるが、本当にこれが真相だとすれば、 何と悲しく、何と美しい最期だったのだろう。
追記2005/11/20。 『星の王子さまの眠る海』 によれば、この本の内容は全く信憑性がない模様。 これを「ドキュメンタリー」として売っていることを遺憾に思う。
きょうのできごと 柴崎友香 河出書房新社 450 2004/05/04 ◎ 引越祝いに集まった若者たちのさりげない一日の出来事が、 その何人かの観点から一人称で語られる連作短篇。 映画版(→2004/03/21) に比べてずっと簡潔(座礁クジラや転落男のエピソードはない)だが、 これはこれで完結した魅力があり、 ありのままの心境が刻々と綴られるのが心地よい。 更に、その本質を何ら損なうことなくあのような映画へと昇華させた 映画監督の手腕を、改めて凄いと思う。
バッハ=カンタータの世界 I 礒山雅監訳 東京書籍 3,800 2004/04/29 トン・コープマンのバッハ・カンタータ全曲録音と並行して用意された論文集で、 第1巻は初期の教会カンタータ編。 論点は多岐に渡り、かなり専門的な議論もなされていて興味は尽きないが、 全体としては寄せ集め的で散漫な印象で、 翻訳が必ずしも読み易くないのも残念。 しかし、このような最新の研究動向を知ることができるのは、 愛好家には有り難いこと。
わが魂の安息、おおバッハよ! 鈴木雅明 音楽之友社 3,000 2004/04/19 ◎ 演奏会プログラムその他に氏が書いてきた文章をまとめたもの。 「初の著作」という宣伝文句は不適正だが、結果的に、 氏の音楽思想の根底を知ることができる一冊となっている。 改めて思うのは、これだけの徹底した裏付けがあってこそ あの高度な演奏が達成されていることと、 いつの間にか氏から教わっていたことがあまりにも多いこと。 この稀有な音楽家の演奏をリアルタイムで聴ける時代に生きていることを、 心底幸せに思う。
長江 加藤幸子 新潮社 借1,700 2004/04/17 戦中から戦後、北京で隣り合わせの家に住んでいた、 中国人の少年と日本人の少女。 少女が帰国して数十年、男は文化大革命の中で血族を失い、 女は結婚生活が決裂、そんな中、二人は奇跡的に再会を果たす。 著者の自伝風で、叙述体になったり手紙体になったり、 唐突に人名が初出したり、やや読みづらいが、 動乱期の中国の状況はよく分かる。
ぼんくら 宮部みゆき 講談社 借1,800 2004/04/10 ○ 舞台は江戸時代の長屋。 それまでの平穏な暮らしを覆すように、身内殺人や、店子の失踪などが次々と連続。 いくつかのエピソードからなる人情系の連作短篇と思いきや、 意外にも後半は長編に突入し、前半の数々の事件の裏にあった企みの真相が 次第に明らかになってゆく。 前半での落着をひっくり返すような後半の展開は予想外で見事。 時代劇モノが苦手な私でも全く退屈せず。
小泉八雲集 上田和夫訳 新潮社 再440 2004/04/04 ○ ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の諸著作の中からエッセンスを抽出。 全体を通して見ると、有名な奇談・怪談モノも、 実は日本人の思考の典型像を反映していて、 著者の日本人論への布石となっているようだ。 今や失われてしまった、古き良き日本人の美点の指摘には、 色々考えさせられるところあり。 薩摩琵琶「耳なし芳一」弾き語り (→2004/03/27)の感動を機に、十数年振りに再読。
奇跡の人 真保裕一 角川書店 借1,700 2004/04/03 交通事故で瀕死の状態から奇跡的に回復したものの、過去の記憶の一切を失った男が、 自身の過去について執拗に追跡してゆく内に、自分が引き起こした数々の事件や、 かつての恋人の存在が、少しずつ露わになってゆく。 後半での主人公の激変ぶりはかなり強引に思え、 破滅的な終末もあまり気分がよいものではないが、 面白く一気に読めてしまったのも確か。
天地有情 南木佳士 文藝春秋 1,600 2004/04/02 ◎ 雑誌や新聞等のために書かれた最近のエッセイをまとめたもの。 パニック障害・鬱病を負った日々と、当時を振り返る余裕の出来た今日のこと、 上州人と信州人の気質の違いについて、山歩きを始めて見えてきたことなど、 大半は著者の身近な話題。 気負いを捨てた著者のゆったりした文章の味わいと、 絶妙の結びが、たまらなく好きだ。なお、 映画『阿弥陀堂だより』 の風景描写はお気に召したご様子。
キリスト教思想への招待 田川建三 勁草書房 3,000 2004/03/31 ◎ 宗教が(本質的なうさん臭さは措いて)担ってきた「良き部分」に焦点を当て、 「現実社会そのものを、より良くつくっていく道」を探る。 現代人が見失っている自然への素直な感謝と謙虚さ、 互いに分かち合い助け合うことを実践してきた精神、 宗教からの解放であったキリスト教と未だに解放されない我々、 黙示録に見る冷徹な時代認識と凄まじい怨念。 この時代への率直な批判も交えつつ、読みやすい口調で、 人間の思想遍歴としてのキリスト教の本質を説く。 学生時代、先入観なく初めて新約を読んだ時の心境を思い起こした。 著者の一言著者のホームページ
野上弥生子随筆集 竹西寛子編 岩波書店 借620 2004/02/29 ○ 長年の文筆生活の折々に書かれたエッセイから、年代順に構成。 母親として見つめる子供のことから、交際のあった人々のこと、 反戦への強い意志まで、話題は広範囲に及び、理知的な文体は小説と同様。 常に一般人としての視点で、言うべきことを冷静にはっきりと言う著者の姿勢は、 これこそ真の教養人と言う気がする。 短篇集でも描かれていた、郷里を二分する政党派閥の諍いのことなども、妙に印象的。
大石良雄・笛 野上弥生子 岩波書店 460 2004/02/07 ○ 忠臣蔵の中心人物・大石良雄が、(烈士のイメージとは正反対に) 何とか事を穏便に済ませようと願いつつも、急進派の圧力に流されて 決行を余儀なくされるまでの苦悩を描いた「大石良雄」。 老境に入り、女手一つで育て上げた娘や息子と一緒に暮らすことを切望する女性が、 その望みをやんわりと断ち切られてゆく「笛」。 思い通りに行かないまま果ててゆく人たちの悲哀が、明晰な文章で綴られる。
自然を恋う 林京子 中央公論社 借1,100 2004/02/06 ◎ 著者の第一エッセイ集。 被爆者としての自身の立場、現代の家族関係のあり方について、 少女時代を過ごした上海のことなど、主題は著者の小説世界と一致。 小説と重複するエピソードもあるが、 それだけ著者が力点を置きたいことなのだと思う。 惑わされることのない確かな目で、起きつつある問題を自分の目で検討して 生きて欲しい、と願う著者の言葉を、こんな時代だからこそ一層肝に命じたい。
半人間 大田洋子 大日本雄弁会講談社 借260 2004/01/30 原爆による心の傷から不安神経症になり、 持続睡眠なる療法を受けた間の異常な体験「半人間」。 戦争で完全に狂わされた一族それぞれの取り返せない運命「残醜点々」。 原爆を小説に書いたために受けた米兵による尋問の顛末「山上」。 原爆と山津波で次々と家族を失った少年の哀しい最期「どこまで」。 死に別れたと思っていた娘と再会したが、娘の心は離れていた「恋」。 この重さ暗さが敗戦直後という時代なのか。
ヴァージニアの蒼い空 林京子 中央公論社 借480 2004/01/23 息子夫婦と共にアメリカで暮らした約3年間の生活風景。 被爆者として、原爆を落とした国への複雑な思いはさて置いて、 生活の場として意識的に生活を楽しむ著者の見聞が、 さっぱりと簡潔な文章で綴られる。 息子とその妻と現地で誕生した孫、知り合った人々、街の風景など、 気楽にしかし冷静に、現代のアメリカ社会を見つめている。
屍の街 大田洋子 冬芽書房 借200 2004/01/12 ○ 著者のヒロシマでの原爆体験を、憤りを込めて描き出す。 青白い光を感じたの瞬間、一瞬に崩れ落ちた街、 逃避先の川原に集う人々の無惨な形相、やがて発症する原爆症への恐怖。 やや時代迎合的な部分もあるが、終戦直後の発刊なので仕方ないこと。 被爆直後から炎上前の静けさ、当時人々が事態をどう捉えたかなど、 当事者以外には知りえない生々しい実情を伝える。
予定時間 林京子 講談社 借1,800 2004/01/04 ○ 昭和13年から23年の、戦中から敗戦へと至る動乱の日々に、 殆ど捨て身とさえ思える使命感から危険を承知で上海に留まり続ける 新聞社特派員が見た、上海の租界。 疑心暗鬼渦巻く社会の中、緊張感を孕みながらもどこか鷹揚な時代の空気が、 まるで匂いまで伝わるように克明に描写される。 著者自身の上海時代を題材にしてはいると思うが、 主人公とは世代も異なり、これまで読んだ中ではフィクション性が強い。
青春 林京子 新潮社 借1,748 2004/01/03 ○ 1950年代。社会雑誌社「中国研究会」の編集室で働く被爆女性と、 上司や同僚たち、戦争の傷跡を背負いつつ戦後の混乱期を生きた人々の営み。 それから何十年をも経て、面影もない程に変貌した街を見ながら振り返る、 若かったあの頃のこと。 いくつもの殻を脱ぎ捨てながら生きてきて、すべてが移ろい去った後の 「でも何とか生き了えるものなのね人間って」という言葉には重みがある。
長い時間をかけた人間の経験 林京子 講談社 借1,600 2004/01/02 ◎ 被爆者として生きて来た半世紀を経て、 それまで考えてもみなかった「老い」による死を意識し始めた著者が、 行方知れずの旧友や亡くした友たちの面影を携えて、遍路の旅に出る表題作。 ヒロシマやナガサキに先立つ数週間前に史上初の原爆実験が行なわれた地 トリニティ・サイトを訪れる旅「トリニティからトリニティへ」。 単なる被害者としての意識を超えた、著者の思索の深化が語られる。
はじめての死海写本 土岐健治 講談社 借740 2004/01/01 ○ 20世紀の歴史的事件の一つと言われながら、 必ずしも正しくその姿が伝えられていない死海写本について、 正確かつ最新の情報を提供する。 発見の経緯とその後、写本成立の背景にある歴史、 写本の具体的な内容の概略、写本を残した人々の思想、 新旧約聖書との関係など、程よい解説の中から、 イエスや初期キリスト教の時代の背景の一部を知ることができる。

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(紺野裕幸)

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