寸評 2005年

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◎=絶賛 ○=よい
2005
タイトル 著者 出版社 価格 読了日 感想
星の王子さま サン=テグジュペリ ◎三野博司訳(→2005/11/23)、 ◎山崎庸一郎訳(→2006/01/09)、
○石井洋二郎訳(→2006/01/15)、 ○稲垣直樹訳(→2006/01/28)、 ○池澤夏樹訳(→2005/12/25)、
小島俊明訳(→2005/11/27)、 河野万里子訳(→2006/04/21)、 倉橋由美子訳(→2005/12/11)、
野崎歓訳(→2009/01/14), 内藤濯訳(→2000/03/20)、 も参照。
星の王子さま サン=テグジュペリ/池澤夏樹訳 集英社 1,200 2005/12/25 ○ 「詩的な要素」を意識した翻訳方針。 訳文は非常に簡潔、なめらかで軽快。翻訳であることを忘れてしまいそうな程、 すっかり池澤さんの文体になっている。翻訳の内容自体も中庸を行っており、 時々引っ掛かる所はあるものの、概ねすらすら読めてしまう。 但しこれまた望遠鏡の先に星がないのが惜しい。 横書き、「〜だ、〜た」調。 青い布張り(金文字)の表紙に黄色い帯掛け(王子さまの肖像を特殊印刷)の 凝った装丁で、栞のリボンにも「Le Petit Prince」の印刷あり。 単行本より幅の狭いコンパクトなサイズ。
新訳 星の王子さま サン=テグジュペリ/倉橋由美子訳 宝島社 1,500 2005/12/11 「大人が読むための小説」として訳す方針。 歯切れのよい硬質な文体は、文章としてはなかなか読み易い。 しかし翻訳そのものには、明らかに誤訳と思しき箇所や、 意味が通らなくなっている箇所が散見。 訳者はこの本の刊行を待たずして逝去されたそうで、 推敲を重ねる時間が無かったものと思われ、残念なことだ。 また、これは訳者のせいではないが、最終章の文字サイズが本文と同じなのは (序章との対称性から言って)よろしくない。 本文は縦書き、「〜だ、〜た」調。 表紙は王子さまの肖像で、新訳本の中では最も厚手の単行本サイズ。
新訳 星の王子さま サン=テグジュペリ/小島俊明訳 中央公論新社 1,500 2005/11/27 『おとなのための星の王子さま』(→2003/08/22) の著者による翻訳。 「含蓄ある美しいフランス語」を「それに見合う日本語に置きかえる」方針。 確かに格調高い落ち着いた印象の文面になっているが、 結果的に日本語としてどことなく流れが悪く読みづらい気も。 飲み助の挿絵に実業家の文章がずれて入ってしまったことや、 望遠鏡の先に星がないのが残念。 本文は横書き、「〜です、〜でした」調。 水色の地に金色の印刷(小惑星B612番の絵)の上品な表紙で、単行本サイズ。
星の王子さま サン=テグジュペリ/三野博司訳 論創社 1,000 2005/11/23 ◎ 『「星の王子さま」の謎』(→2005/11/18の著者による翻訳。 「同一文型や同一語句」に「同一の訳語をあてる」方針によって、 原文の意味を忠実に伝えようとしている。 訳文は率直な印象で読み易く、 私にとってはこの訳書が一つのリファレンスとなりそうだ。 残念なのは、挿絵を入れるべき場所があちこちで文面とずれている (特に「草の上にうつぶして彼は泣いた」など10ページのずれ)こと。 本文は縦書き、「〜だ、〜た」調。 表紙は王子さまの肖像画で、単行本より幅の狭い軽量な造本。
『星の王子さま』の謎 三野博司 論創社 1,500 2005/11/18 ◎ 『星の王子さま』の新訳を一番乗りで出した研究者による、詳細な注解書。 本文の各章にそのまま対応付けて解説がなされるので、非常に読み易い。 内容的にも、丁寧に議論がなされていて、目から鱗の箇所も多々あり。 これまでの内外の研究成果も紹介しながら、著者自身の考えもしっかり提示される。 是非新訳本と組にして読みたい一冊。 何れにせよ、様々な新訳でこの傑作を読むことができる時代になったことを 本当に嬉しく思い、これから何冊か読み比べてみるつもり。
星の王子さまの眠る海 エルヴェ・ヴォドワ他/香川由利子訳 ソニー・マガジンズ 2,000 2005/11/11 ◎ 約60年もの間謎のままだった、サン=テグジュペリの最後の飛行の行方。 1998年にマルセイユ沖で彼の名前の刻まれたブレスレットを漁師が奇跡的に釣り上げて から、ついに2003年に彼の飛行機の残骸を発見し同定するまでの経過を、克明に綴った ノンフィクション。一連の経緯に立ち会ってきた著者の語り口はまさに迫真。 世紀の発見を成し遂げた当事者たちの執念に敬服する一方で、執拗な妨害工作を 繰り返す遺族たちのみっともなさには幻滅を感じる。 とにかく、機体が崩れて消え去る前に発見できて本当によかったと思う。 ちなみに原題は「Saint-Ex La fin du mystere」で、 私はフランス語は全く分からないが、少なくとも星の王子さまとは無関係のようだ。
家族善哉 島村洋子 講談社 借1,580 2005/10/28 高校中退を余儀なくされて十数年、奮起してめでたく娘と同じ高校への入学を果たした 母親、元々そりが合わない母親と同級生になってしまい困惑する娘、母と姉のせいで 女嫌いになりそうな息子、一本気だが自己陶酔気味な父親、ちょっと風変わりな家族が 繰り広げる、何と言うこともない物語。かなり普通でない場面設定なのに、大阪弁の 軽い口調のせいか、別に普通のことのようにあっさりと受け入れられてしまうのが 面白い。
実感的人生論 松本清張 中央公論新社 借762 2005/10/21 ○ 表題は重々しいが、実際には随筆集と言ったところ。 I章は自身の生い立ちや家族について。 あくまでも庶民派であった著者の屋台骨が垣間見える。 II章は、訪れた外国で見たこと聞いたことなど。 テヘラン、ハバナ、バンコック等、ちょっと珍しい場所も出てくる。 III章は、自身の創作活動や同時代の推理小説について。 特に自作の背景や経緯について語られているのは貴重。 IV章は掌編エッセイを連ねたもの。
ただ一人の個性を創るために 曽野綾子 PHP研究所 借1,300 2005/10/05 ○ どうしてこの国は、こんな風におかしなことになってしまったのか。 教育と言う観点を切り口に、この国の来し方や行く末について、大いに語る、全19話。 一見もっともらしい標語の欺瞞に気付かされたり、 よくぞ言ってくれたと思ったり、自分を顧みてヒヤリとしたり。 国際的な広く客観的な視点を持ち、 間違ったことは間違っているときっぱりと言い切る、 いつもながらの曽野さんの姿勢には、本当に頭が下がる。
ドキュメント気象遭難 羽根田治 山と渓谷社 借1,600 2005/09/30 ◎ 気象の急変に起因する山岳事故について、 実際に起こった7件の遭難事件について、綿密に検証。 どれも実在の、しかも比較的最近の事件のレポートだけに、 文章には怖い程の迫力が漲る。 各記事には必ず、現地の地図や当日の天気図とその分析が添えられ、 実践的な教育的配慮がなされる。 特に中高年の安易な登山ブームに対する警鐘を鳴らすと共に、 登山者たちの悲しいモラルについても指摘する。
原爆災害―ヒロシマ・ナガサキ 広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会 岩波書店 900 2005/09/25 ◎ 原爆がもたらした被害の全貌について、 科学的に多角的に、冷静に分析した学術書を、 一般読者向けに分かり易く噛み砕いた本。 感情を交えず、客観的なデータや資料の提示に徹することで、 むしろ強力な説得力が生じている。 なお、実際の執筆担当者である飯島宗一さんは、私が大学入学当時に学長だった人。 去年亡くなった時の新聞記事に、原爆症研究での功績を書いてあったが、 このような著作があったことを今更ながら知った次第。
格闘する者に○(まる) 三浦しをん 新潮社 500 2005/09/09 ○ 漫画が好きで出版業界に就職したいと何となく思っている暢気な女子大生。 同じく暢気な友人たちとのほほんとした学生生活を送りつつ、 いざ就職活動を本格稼動してみると、現実の厳しさに直面するが、 しかし本人は妙なテンションの高さで突っ走ってゆく。 どこまでも軽いタッチの文章の中に、 主人公の揺れ動く心模様がしっかり刻まれている。 空想の挿話から始める冒頭も、あっけなくも歩みを止めない幕切れも絶妙。
7つの習慣 S.R.コヴィー キングベアー出版 2,039 2005/09/06 ○ 普段この種の自己啓発本を毛嫌いしている私だが、 先日これについての社内研修を受けて、意外にも非常によかったので、 改めて本を読んでみた。 「効果的」に物事を進めるための考え方の転換について説く。 小手先のテクニックのことではなく、あくまでも根源的な発想のこと。 主題は抽象的だが、議論は論理的で納得性がある。 但し、研修なしでいきなりこの本だけ読んだとしたら、 内容をきちんと理解できたかどうか。
八甲田山死の彷徨 新田次郎 新潮社 (再)476 2005/09/02 ◎ 青森旅行に向けて再読。 明治35年、極寒の八甲田山へと雪中行軍訓練を敢行した青森と弘前の2部隊。 青森隊は猛吹雪の山中を彷徨した挙句210人中199人が死亡した一方で、 同じ行路を逆方向から進行した弘前隊は38人全員が無事に帰還した。 新田次郎の筆致はいつもながらに綿密かつ迫真のもの。 事の経緯や当事者たちの心境を事細かにリアルに実感させつつも、 どこかの立場に肩入れし過ぎることはなく フィクションとしての客観性は維持している。
津軽 (太宰治全集7) 太宰治 筑摩書房 (再)680 2005/08/27 ◎ 青森旅行に向けて再読。 この小説は、私にとって今まで読んだありとあらゆる文学作品の中で最も 好きと言っても過言ではないような作品。 戦時中の昭和19年、「風土記」の注文に応じた太宰が、 郷里の津軽を25日間にわたり旅し、懐かしい人々と出会う中で、 自身の「育ちの本質」を再認識してゆく。 クライマックスのたけさんとの再会をはじめ、名場面は数知れず。 風土記とか戦時中とかの足枷を逆手にとって、 小説の面白さにしてしまっているのも凄いところ。
直人の素敵な小箱 竹中直人 角川書店 514 2005/08/21 ○ 少年時代の思い出、映画撮影でのエピソード、ふと出くわした珍妙な出来事など、 本気だか冗談だか、事実だか虚構だか分からない、何もかもを煙に巻いたような、 ちょっと前衛的かも知れない、風変わりなエッセイ集。 文章から垣間見える細かさや繊細さは、竹中さんの映画の世界と相通じるものがある。
虹 世界の旅(4) 吉本ばなな 幻冬社 533 2005/08/20 ○ 単身タヒチへ旅立った主人公が、ここ数ヶ月間の日本での出来事を振り返る。 働いていたタヒチ料理店「虹」への愛着、母の死、 店のオーナーの自宅の犬と猫と植物と、クールな奥さんのこと。 島の美しい風景の中で、彼女は一歩前へ出る決意をする。 吉本さんのいつもの世界が展開されてはいるが、 今回は状況設定にやや無理があるような気も少々。
バカの壁 養老孟司 新潮社 借680 2005/08/16 ○ 人間は「自分の脳に入ることしか理解できない」ことを弁えよ、 そうでないから分かった気になった挙句に自分しか見えず話も通じなくなっている、 と言う議論を、社会・文化・教育などの問題へと展開してゆく。 よくぞ言ってくれたと思う箇所も多少あるが、 全体としては話題性ほどには大したことが書いてある訳ではない。 語り口調が気楽な文体だが、構成は少々まとまりがない。
失踪日記 吾妻ひでお イースト・プレス 借1,140 2005/08/14 ○ 人気漫画化が、自身の破滅的な過去を赤裸々に描いた漫画。 「全部実話です」とのこと。 ふらり仕事を放り出して、自殺未遂の挙句ホームレス生活を送ったり、 拾われて日雇い労働に明け暮れたり、アルコール中毒で強制入院させられたり、 ちょっと信じがたいような描写の連続。 特に、ゴミを漁りながらの野宿生活や、精神科病棟の人間模様などは、かなり強烈。 よくぞこんな状況下を生き延びて、立ち直ったものだ。
ゲバラ日記 チェ・ゲバラ/高橋正訳 角川書店 借520 2005/08/12 ◎ 革命指導者チェ・ゲバラが、最後の数ヶ月を過ごしたボリビア山中のゲリラ行軍で 遺した日記(1966年11月〜1967年10月)の全訳。 記述は簡潔ながら詳細かつ具体的で、それがむしろ強烈な臨場感を持ち、 刻々と状況を脳裏に浮かび上がらせる。 意気揚々たる出発から、行軍の苦難、食糧調達の困難、裏切りと脱落、 政府軍との交戦、じりじりと追い詰められてゆく様子、 そしてついに最期の日の前夜でプッツリ途絶えてしまう。 巻末にゲバラの生涯を要領よくまとめた「ゲバラ小伝」も有難い。 なお、私の生まれたまさに当日の日記も含まれていた。
在日 姜尚中(カン・サンジュン) 講談社 借1,500 2005/08/09 ○ 朝鮮戦争の年に生まれ、在日韓国人二世として生まれ育った著者が、 自身の半生を振り返ると共に、東北アジアの社会展望について大いに語る。 母や父や「おじさん」たち在日一世の人々に寄せる想い、 「祖国」への複雑な思い、二世として味わった苦悩、 在日の立場からあえて日本について語ることの意味。 時には過度に私的な領域にも踏み込み過ぎてはいるが、 自身の無帰属性を積極的に捉えるに至った著者の決意が伝わる。
衝動買い日記 鹿島茂 中央公論新社 借686 2005/07/31 ○ フランス文学者である著者が、旅先で、近所のスーパーで、あるいは通販で、 思わず買ってしまった逸品の数々を紹介。 身近なものから高級なものまで、 自分でも欲しくなりそうなものもあれば、いかにも怪しげな珍品もあり、 「モノ」への著者の思い入れが面白い。 それぞれのグッズが今どうなっているか書いてある「あとがき」も楽しい。 よくぞこれまで赤裸々に書いてくれたものだ。
砂の器 (上)(下) 松本清張 新潮社 借552 +590 2005/07/29 ○ 蒲田の操車場で発見された初老の変死体。 被害者の身元さえなかなか割り出せないまま、捜査が空回りする中で、 更なる謎めいた事件が続発する。 前衛を自称する若手芸術家グループの活動の空虚さや、 ライ病への差別偏見についてなど、社会批判もしっかり込められている。 映画版とは、物語がかなり違っていた。 音楽も原作では無味乾燥なミュージック・コンクレートで、 それを映画版で芥川也寸志の交響楽に変えたのはよかったと思う。
毛沢東の私生活 (上)(下) 李志綏(リ・チスイ)/新庄哲夫訳 文藝春秋 借1942 +1942 2005/07/23 ◎ 専任医師として22年に渡り毛沢東「主席」を間近で見てきた著者による回想録。 描かれるのは、公的イメージとはかけ離れた、 皇帝然とした放埓かつ傲慢な生活ぶりと冷酷さ。 更に、側近たちが繰り広げる醜い権力闘争と、 その果てに引き起こされた大躍進や文化大革命の内情。 著者が仕える以前の前半生に触れられないため、 どうしてこの男が独裁者として君臨するに至ったか分からないのは惜しいが、 何れにせよこれは中国の近代史を物語る第一級の資料に違いない。
豚の報い 又吉栄喜 文藝春秋 429 2005/06/30 ○ 沖縄本島。酒場に突然飛び込んできた豚の厄払いのため、 ママやホステスら女3人を率いて生まれ島の霊場へと向かう羽目になった大学生の、 悲しくも滑稽な旅の顛末の『豚の報い』。 沖縄らしい濃密な空気感の中で、幻想と現実の境界が揺らぐ。 併録の『背中の夾竹桃』は、米軍基地の町を舞台に、ハーフの沖縄娘と、 ベトナム行きを目前に控えた米兵との、やるせない恋の物語。
蘭 竹西寛子自選短篇集 竹西寛子 集英社 514 2005/06/24 ○ 少年・少女の頃の視点と感性が繊細に描かれる 「神馬(じんめ)」「兵隊宿」「虚無僧」「蘭」「小春日」。 何気ない展開のようでいながら結末であっと言わせる 「茅蜩(ひぐらし)」「市」「湖」「松風」。 遠い日々の幻想的な記憶と現在との間を描く「鮎の川」「鶴」。 決して大袈裟にはならず、あくまでも日常的な視線で、 人間の悲しみを静かに見つめる短篇、計11篇。 文体は緩やかで格調高い。
「A」−マスコミが報道しなかったオウムの素顔 森達也 角川書店 630 2005/05/27 ◎ オウム真理教に対する世論の集中砲火の中、 著者はあえてオウムの広報担当・荒木浩に密着し、 ドキュメンタリーの撮影を敢行する。その困難な取材の歳月の中で著者は、 むしろマスコミ側が「思考停止」に陥っていることに気付かされてゆく。 断罪することも擁護することもなく、著者の目の前で展開される出来事を、 自身の揺らぎも含めてストレートに描くことで、 むしろ客観的な真実が浮かび上がってくる。 映画として完成した作品も見てみたい。
思想の危険について 吉本隆明のたどった軌跡 田川建三 インパクト出版会 3,000 2005/05/22 吉本隆明の展開する思想構造の問題点を、綿密に指摘。 そもそも吉本氏について知識もなく著作を読んでもいない私が 読むべき本ではないし、この本の内容について語る資格もないが、 題材が異なってはいても、物事の本質を追求する姿勢は、やはりこの著者のもの。 何らかの理論を定義することで、むしろその理論の側に呑み込まれ、 あるいは硬直化してしまうことの危険性は、 あらゆる分野において肝に銘じておくべきこと。
無名 沢木耕太郎 幻冬舎 借1,575 2005/05/16 ○ 無類の読書家で、しかし生活者としての才覚には乏しかった父。 その父の、衰えを看取り、死と向かい合い、 遺された句集を編集する作業の中で著者は、 自身と父との関係を振り返り自己分析してゆく。 いつまでも畏怖の対象でありながらも、いつしか守る対象としてなっていたことの 発見など、著者の内なる思索がよく吐露されているが、 個人的な思い入れの比重が高過ぎる気も少々。
チェ・ゲバラ伝 三好徹 原書房 借1,400 2005/05/15 ◎ 革命指導者エルネスト・チェ・ゲバラの詳細な評伝。 ラテン・アメリカの独裁と収奪の歴史を背景に、 武装闘争に身を捧げた行動と思想の純粋さが、共感を持って綴られる。 やや詳細に過ぎて全体像が見えづらい傾向はあるものの、 長年に渡ってチェを研究してきたと言う著者の熱い筆致には、 読んでいて胸が熱くなるよう。 アメリカ帝国主義やそれに盲従する日本政府への批判も痛烈。 キューバ革命について、いかに一方的な印象を植え付けられていたことか、 今更ながら痛感する。
レキシントンの幽霊 村上春樹 文藝春秋 429 2005/05/05 7つの短編を収録。『トニー滝谷』は、 映画(→2005/03/02) の静かな余韻もあって好印象(映画は原作にかなり忠実だった)。 他にも表題作や『沈黙』『七番目の男』などは、 不気味さの中に悲しみが滲んでいてなかなかよい。 一方で、超現実系作品の『緑色の獣』『氷男』は、どうも私の性に合わず。
こぶしの上のダルマ 南木佳士 文藝春秋 1,619 2005/04/30 ○ 廃屋となった郷里の家のこと、山歩きのこと、老いた飼い猫のこと、 自身の患ったパニック障害のことなど、著者自身の身近な生活にまつわる随想。 「連作小説集」とあるが、実際には「連作エッセイ集」と言った方が的確か。 人生の秋に差し掛かったこの著者らしい穏やかな文体の中に、 今回はどことなく軽妙さが加わっていて、 特に農夫との対話をそのまま描いた「稲作問答」などちょっと新機軸。 化粧箱入りの装丁は恐らく著者初。
神様がくれた指 佐藤多佳子 新潮社 819 2005/04/29 ◎ 天性のスリ師の男と、謎めいたタロット占い師の男。 スリ師は因縁の少年スリ団への復讐を誓い、 占い師は怯える少女の謎めいた言葉が気に掛かるが、 彼らの運命に糸は意外な縁で絡み合ってくる。 紛れもない犯罪がらみの話も出てくるし、 そうでなくてもいかにも怪し気な社会のことなのに、 この小説が醸し出す情感はいかにもこの著者ならではのもの。 文庫化を機に再読(→2002/12/15)したが、 単行本の格調高い装丁が引き継がれなかったのは残念。
日本の名随筆 別巻100 聖書 田川建三編 作品社 1,800 2005/04/15 近現代の日本人作家が聖書について書いた文章(随筆、あるいは長編からの抜粋) を集めて、執筆年代順に並べた一冊。 計31篇の文章は傾向も質も千差万別で、全体としては必ずしも面白いものではないが、 田川さんが聖書学者の視点から個々に加えた解説は、 我々一般の読者にとって極めて有難く価値のあるもの。 1999/08/08の再読。
龍秘御天歌 (りゅうひぎょてんか) 村田喜代子 文藝春秋 524 2005/04/10 ◎ 17世紀の北九州。朝鮮人陶工の頭領の葬儀をめぐる数日間の顛末。 純朝鮮式の流儀で葬式を押し通そうとする老婆と、 周囲との軋轢を避けて日本式で済ませたい息子との、衝突と駆け引き。 二転三転する物語の展開はこれぞ小説の醍醐味と言った処。 まんまと思惑通りに事が進んだ読経の場面はまさに快哉で、 一方で埋葬の場面の悔しさは一入。 絶妙この上ない結末には、この著者らしい超越した死生観が刻み込まれている。 文庫化を機に再読(→2001/09/10)。
炎の谷 秩父事件始末記 下山二郎 国書刊行会 借1,500 2005/03/37 ○ 明治初期、大増税とデフレ(現代と相似)のために困窮する民衆が武装蜂起した 「秩父事件」の背景と経過を、歴史資料に基づいて刻々と伝える。 登場人物が非常に多く背景もやや複雑なのだが(事実なので仕方ない)、 主要人物の言動を部分的に小説風に補うことで、読み易く工夫されている。 この事件が単なる暴動ではなく、自由民権運動の流れにあったことがよく理解できる と共に、映画「草の乱」(→2005/03/19) は史実にかなり忠実に作られていたことも分った。
道頓堀川 宮本輝 角川書店 再350 2005/03/21 ◎ 十数年振りに再読。 昭和四十年代の大阪の繁華街。 裏切られた挙句に先立たれた妻への屈折した思いを抱く喫茶店のマスター、 その店で住み込みのアルバイトをする天涯孤独な大学生や、 ビリヤードに入れ込むマスターの息子、 そして店に出入りする様々な男女、それぞれの悲しみを描いた群像劇。 一昔前の大阪らしい猥雑さとあっさりした情緒に満たされながら、 めいめいの思いが交錯するあっけなくも圧倒的なラストはあまりにも見事。
螢川 宮本輝 角川書店 再310 2005/03/14 ◎ 映画版「泥の河」(→2005/03/12) の鑑賞を機に、十数年振りに再読。 昭和三十年代の大阪で、川辺の食堂に住む少年と、 川に浮かぶうらぶれた廓船で暮らす姉弟との友情と別れの「泥の川」。 昭和三十年代の富山で、ほのかな恋情を抱える少年が、 級友の死と老いた父の死の先に蛍の乱舞にまみえる「螢川」。 どちらも暗く沈んだ叙情が舞台を覆っている。 改めて読み直してみて、映画版は原作にかなり忠実に出来ていたと思う。
生きる 乙川優三郎 文藝春秋 借1,286 2005/03/06 ○ 身分や境遇に関わらず誇り高く生きた人々を描く3篇。 主君の亡き後、追腹(殉死)する家臣が続出する中、 周囲からの白眼視に耐えながらも生きる道を選んだ男「生きる」。 落ちぶれても武士としての筋を通した男と、女郎に売られても自尊心を失わない その娘、彼らを冷めた目で見ていた一浪人「安穏河原」。 女中と相思相愛でありながら出世のために彼女を棄てた男が 隠居した後に彼女や妻を振り返る「早梅記」。 最初は取っ付きづらいが、慣れてくると引き込まれる時代小説。
オーケストラの職人たち 岩城宏之 文藝春秋 524 2005/03/02 ◎ オーケストラの事務局、大型楽器の運搬、演奏旅行に随伴する医師、写譜屋、 調律師、コンサートチラシ配り、更にはアンコールの秘密まで、 演奏会の「裏方」と言われる仕事にまつわるエッセイ。 興味の尽きない世界なのに、(演奏家の方たちを含めて) なかなか様子が知られていないそれぞれの分野の仕事について、 岩城さんご自身による取材調査を交えて紹介してくれる。 ますます演奏会が楽しくなること請け合い。
いつも君の味方 さだまさし 講談社 1,600 2005/02/23 ○ さださんが出会った、自分の人生の上で大切な人などについてのエッセイ11篇。 有名人から市井の人々まで、 ちょっと馬鹿馬鹿しい話から、奇跡と言うべき邂逅の話まで、 さださんの歌にも通底する世界が展開する。 ファンには既知のエピソードも少なくないが、 とかく「小説」で見られる「力み」がない分だけ、 いつものさださんらしさがよく出ている気がする。
眉山 (BIZAN) さだまさし 幻冬舎 1,333 2005/02/19 ○ 徳島のケアハウスで暮らす元江戸っ子の母が、余命幾許もないことを知った娘。 何でも自分で勝手に決めてしまう母に、ついていけない感じを覚え続けていた娘だが、 看護しながら共に過ごす日々の中で、 実は母のことを何も分かっていなかったことに気付いてゆく。 人生を全うする一人の女性の、誇りを持った真っ直ぐな生き方そのものが、 凛々しく格好よく美しく、しかも悲しく愛おしく感じられ、 泣かされつつもすっきりした読後感を残す。
遙かなるクリスマス さだまさし 講談社 1,000 2005/02/13 ○ 同名の歌の直筆の歌詞に、 イメージ写真を重ねた美しい本。 加えて巻末に、さださんがこの歌に込めた思いや、 その背景となった長崎人としての平和への考えなどについての エッセイが添えられている。 さださんの発言は常識を弁えた人なら誰しも肯けることばかりで、 しかし世の趨勢がそれとはあまりに大きく乖離しつつある今、 敢えて物申すことにしたさださんに、これからもついてゆく所存。
君のいる場所 ジミー/宝迫典子訳 小学館 1,300 2005/02/11 ○ 映画『ターンレフト ターンライト』 (→2004/11/03)の原作となった絵本。 都会で孤独を噛み締めながら暮らす男女が、ふとしたきっかけで出会い、 しかし運命のいたずらで互いを見失い、空しく約一年が過ぎてゆく。 物語自体も切ないのだが、その心象風景を映し出した絵が印象的で、 どこの国でもないような、しかも身近な場所のような、温かい情感を醸し出している。 映画版に比べると物語はかなりシンプルで、 その分だけ二人の心模様がじわじわと沁みてくる。
藤田嗣治「異邦人」の生涯 近藤史人 講談社 借2,000 2005/02/10 2003/10/30からの再読。 国際的に脚光を浴びながらも、 封鎖的な日本の洋画界からはどこまでも冷遇され続け、 更には戦時中に描いた戦争画の責任を押し付けられる格好で日本を追われ、 ついにフランスに帰化するに至った、画家・藤田嗣治の評伝。 改めて思うのは、未亡人がご存命のうちに、 「夏堀用手記」を始めとした貴重な仕様が散逸する前に、 この価値ある本が出されて、本当によかったということ。
郵便配達夫シュヴァルの理想宮 岡谷公二 河出書房新社 760 2005/02/09 ○ 『人が見たら蛙に化れ』(→2004/10/03) にも登場する、フランス郊外の「シュヴァル宮殿」について。 一人の郵便配達夫が30年以上も奇怪な建造物を作り続けた経緯と、 同時代や後世の評価、芸術的価値や独自性など。 建物の写真(当時および現在)も多数収録されていて、 見れば見るほど実際に現地に行って現物を見てみたい気分だ。 巻末には、シュヴァルの建築、ルソーの絵、ルーセルの文学、 ほぼ同時代の3人の同質性についての論考も。
ふたりの音楽 波多野睦美、つのだたかし 音楽之友社 2,100 2005/02/08 ◎ 古楽界の至高のデュオ、波多野睦美さん(メゾソプラノ)と つのだたかしさん(リュート)によるエッセイ集。 音楽に対する考え方から日々の暮しのことまで話題はいろいろで、 力みのない文体はお二人の飾らない人柄そのもの。 インタヴューを読むと、あの溶け合うように息の合った演奏もなるほどと思う。 つのださんの楽器コレクションのカラー写真や、完全ディスコグラフィー付き。 装丁も美しく、ファンとしては嬉しい限りの一冊。
ワイルド・スワン (上)(下) ユン・チアン/土屋京子訳 講談社 借1,835 +1,835 2005/01/30 ◎ 20世紀の中国の激動を、祖母、母、そして著者自身の3世代が生きた体験として 克明に描いた、自伝的ノンフィクション。 軍閥支配から、日本軍の侵略、国民党の台頭、そして共産党の時代へ、 とりわけ「大躍進」や「文化大革命」の狂気の実態については、 まさに渦中にあった本人の生々しい声が聞ける。 毀誉褒貶や善悪の判定がやや極端になりがちな傾向はあるが、 自身や家族の実体験が描かれているだけに、非常な重みと説得力がある。
文豪ナビ 太宰治 新潮文庫編 新潮社 400 2005/01/16 主要作品の紹介、代表作の要約、評伝、エッセイ、ゆかりの地への旅行記 などから構成される手軽なガイド本。つい買ってしまったものの、 太宰の読者から見ると情報量はあまりにも少なく、 かと言って読者でない人に太宰の魅力をうまく伝えられる内容とも思えず、 いろいろ詰め込んである割にはどれもこれも何となく中途半端なのが惜しい。

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(紺野裕幸)

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